多くの人はキャリアで成功するためにパリに上京する。しかしシモンは違う。
彼の場合は全くの逆。彼は仕事が嫌いだった。パリ6区の小綺麗な2部屋のアパートに引っ越すため一年間の休職願いを出したほどだ(奇妙なことに、それは受け入れられた)。
すでに彼は財産、友人、快適な生活、全てを持っていた。高すぎる家賃、悪い天気、不親切な都会人だらけのパリ以外に住むこともできた。
しかし、シモンはそれらすべてを克服した。27歳にしてたった一人でパリに越したのは、この光の街にしかない、特別な理由からだった。それは、パリの女たち。パリジェンヌ。
いつだって彼女達は彼を夢中にさせてきた。世界中の大都市どこを見渡しても、二つとない魅力を持つ彼女達。究極の洗練と、努力も技巧もなく絶妙にさじ加減された肩の力の抜け具合との融合は、彼にとって女性らしさの象徴だった。この「パリジェンヌらしさ」は彼に憧れを抱かせると同じくらい、彼を臆病にさせた。なぜなら彼女達は尊大で、人見知りで警戒心が強く、高慢なのを知っていたから。
彼のように地方出身者特有の病的な恥ずかしがり屋にとって、彼女達は近寄りがたく、手に負えない存在だった。
そして、それこそ彼がパリを選んだ理由だったのだ。
世界で最も手ごわい女性達を誘惑することを学ぶため。
それは彼にとって自分探しの旅でもあった。
シモンはいくつかの長所を持っていた。明晰であることはその一つであり、自身のルックスに大した魅力がないこともよくわかっていた。彼の経験からすると、バーチャルであろうとリアルであろうと、評価はせいぜい40点か、よくても50点というところだ。
幻想を抱いてはいけない。
美しさとはそれほど主観的なものではない。一枚の写真で判断され、次々とスルーされる今の世の中では誰もが自分のルックス評価点をだいたい知っている。
あるいは少なくとも、なんとなくわかっているはずだ。どんな人間だろうと自分のルックス評価を無視するのは、へそ曲がりか、視野が狭いということだ。そして、それはとても幸運だ。そうでない人々、冷静に物事を理解できるシモンのような人間にとって美しくないということは、ただ単に受け入れなければいけない事実なのだ。仕方ない。わかっているけど、なんとか上手くやっていくしかない。
シモンは自分が完全に流行遅れで、女たちに無視されていることも知っていた。何の問題もなく、自分は不器用な田舎者だと定義していた。彼はとても低いレベルから始めた。人生のうちで何度かお世話になった娼婦たち、高級娼婦から立ちんぼまで、みんな彼のぎこちなさをからかった。とりわけ彼の恥ずかしがりなところを。「素人」娘たちなんて論外。ガールフレンドがいたことは一度もないし、好きな女の子の前では穴にでも入りたい気持ちになってしまうのだった。異性に対して、心も体も感情も萎縮してしまう。カウンセラーは、彼を適応障害と判断した。
しかし、すべては過去のものだ。
彼は学ぶつもりだった。 数週間のあいだ街と人々を観察するうち、アベスやマレ、サンジェルマンデプレなどいくつかの人気エリアはナンパの聖地であるということにすぐ気づいた。毎日テラスの真ん中に陣取り、そこで行われる人間模様をウォッチングした。今はまだ女の子は探さない。時期尚早、準備ができていない、と自分を抑えた。まだ経験不足だ。
そこでまず、男たちを観察することにした。パリジャンを。そして考えた。「パリジェンヌにも出会いがあり、恋に落ちるはずじゃないか?誰と?多分、パリジャンと」彼女達は彼らを相手にセックスをし、結婚するのだ。だから、学ぶべくはまず、彼らから。洒落たバーや、パーティ、公園やナイトクラブでナンパをしている男たち。生粋のパリジェンヌの魅力はよく話題に上ることだが、パリジャン達も何ものかを持っている。パリジェンヌを喜ばせる何か。この何か、をシモンは知りたかった。そのために何度も観察を繰り返した。最も興味を引くのはモンマルトル通りやシャルロ通りに立ち並ぶバーで、テンションとアルコール度数がだんだんと上がってくる仕事帰りのアペロタイム。猫っ毛でふわふわした金髪混じりの髪をなびかせて、ベスパで乗り付ける遊び人たちを見物できる最高の舞台なのだ。その場の雰囲気に完全に馴染み、ユーモアに溢れたおしゃべりを次から次へと繰り出す男たち。そして必ずと言っていいほど美人を連れている。
今夜も彼はモントルグイユ通りあたりで、遊び人の典型を探していた。何日間も彼らを観察してみて、ある決定的な事実に気づかずにはいられなかった。彼らほど自分はイケてない。確かに皆、なかなかのハンサムで顔色が良く、繊細な顔立ちをしていて、女の子たちが指を絡ませたくなるような無造作になびく長めの髪を持っている。どれ一つとっても彼は持っていなかった。髪はだらしなく前に伸びっぱなし、大きすぎる鼻に分厚い顔。それらしい見た目に少しでも近づけるよう努力することもできたし、何とかしようとも思った。しかし心の奥底で、肝心なのは見た目だけではないと感じていた。そこでその夜は、これらのパリジャン達の中からハンサムじゃない男を観察することにした。このパリ風イケメングループの中にも、顔の作りが悪い男は確かに存在する。しかし、他と同じく「高得点」に見える。彼らは一様に、人が「素敵」「いい感じ」「魅力的」と受け取るような、あり余るほどのオーラと雰囲気を持ち合わせているのだ。イケメンとブサイクの境目は、そのカリスマ性によってぼかすことができるらしい。このテーマについて、もっと考察を深めなければ。
そしてついに一人見つけた。彼は観察対象として完璧だった。粋な着こなし、でも不細工。やせ細った顔に大きすぎる目、顎がないうえに髪が薄くなってる。彼の母親以外は、誰も彼のことを美しいとは言わないだろう。それなのに、端正な顔に素敵なトレンチコート姿の若い金髪美女とデート中らしい。彼と楽しげに冗談を交わしに来る他の常連の女の子達とも知り合いのようだ。シモンは彼の話しぶりや、ビズを交わす様子を見て、この常連娘のうちの何人かとはすでに寝たことさえあるに違いないと想像した。
ふと、顎なし男は店内で一人になった。そこでシモンは飲み物をオーダーするふりをして彼に近寄り、何気なく話しかけた。
- すみません。どこかでお会いしませんでした?プロデューサーのお仕事をされているでしょう?
顎なし男は面白そうにシモンを見た。
- 人違いだよ。そんな男になってみたいけどね。僕は教師だ。
シモンは驚愕した。この男は金持ちじゃない。醜いうえに貧乏だとは。でも、この店の中で誰よりも楽しげなのに。信じられない。トレンチコートの美女がまた近づいてきて、顎なしに抱きついた。そして驚くべき速さで親密なキスをしたあと耳に何かささやき、シモンには目もくれずに大笑いした。
シモンは聞いてみた。
- 彼女、美人だね。長いこと付き合ってるの?
今度は顎なしが返事の前に爆笑する番だった。
- 何ていうか、、、(と言いながら携帯で時間を見た)、、、まだ1時間もたってないね。
- なんだって?
- そうだよ、今夜初めて会ったんだ。知らない娘だよ。
シモンは驚きのあまり気分を害すほどだった。やはり本当だったのだ。つまるところ、この街では不細工で貧乏でも、バーで知り合ったばかりの美人とディープキスができるってことだ。この事実に彼はショックを受け、苦しいくらいの嫉妬心がわき起こった。この事件は、異性の誘惑における彼の古びた信条を完全にくつがえすと同時に、信じがたいほど可能性を広げることになった。顎なしが去ってしまう前に、まだ聞くべきことがあった。
- どんな風にするんだい?
- 何のこと?
- 頼むよ。一つでいいからアドバイスをくれないか。
顎なしはシモンを観察し、質問の意図を理解した。ナンパの極意を乞う、貧相な男。彼はシモンを哀れに思い、同情したようだった。そして息を吸い込んで、優しく言った。ジェダイが若いパダワン戦士に秘密を打ち明けるかのように。
- 要はエナジーの問題なんだよ、兄弟。エナジーを発するのに一番大切なのはなんだと思う?
- うーん、、眼つきかな?
- いや違う。笑顔だ。笑うんだよ。安心感を与えるのさ。笑顔の男は穏やかで、お日様みたいだろ。人はどうして彼が笑っているのか知りたがる。人は彼をみたとき、無意識に考える。自分がまだ知らない何か楽しいことでもあるのかな?ってね。女だって同じさ。おおらかで、リラックスしていて、幸せを感じている男に惹かれるんだ。ストレスを抱えた偏屈な変人じゃなく、人生を謳歌している奴にね。笑いなよ、兄弟。びっくりするくらい効果があるぜ。
シモンは笑った。
- 違う、それじゃバカみたいだ。
もう一度笑ってみた。
- 全然駄目だ。女の子を待ち伏せして下半身を見せびらかす変質者みたいだ。
- どうしたらいいかわからないよ。
- だろうな。でも俺はできる。やってみることだな。いい笑顔で、狙った獲物は5割落とせたも同然さ。独身男ならなおさらだ。今の世の中、独りぼっちの男なんて怖いだろ。一緒に居たくない。だからこそ、いいエナジーを発信するのさ。自信をもった幸せな男としての、君だけの笑顔を見つけてごらん。
その後4日間、シモンは家から出なかった。自信に満ち溢れて幸せな男の笑顔、を鏡の前で練習した。
大統領選で勝ち抜いたマクロンの笑顔。目を閉じたままシュートを決めた時のマイケル・ジョーダンの笑顔。イッソスへと逃げてゆくペルシャ人を眺めていたアレクサンダー大王の笑顔。
どんな笑顔だって可能だ。 そしてついに、彼はさりげなく、かつ絶妙なさじ加減の笑顔を会得することに成功した。アパートの5階に住んでいる女学生に試してみたところ、なんと驚いたことに笑顔を返してきた。この近所にオーガニックショップがないか聞いてみた。女の子とのさりげない会話。ついに訪れた、初の栄光! それ以来、シモンは笑顔を決して絶やさないと決めた。 これからは競うのではなく、楽しむための世界で通用するパスポートを手に入れたのだ。
続く。
ファビアン・プラド
フランスの作家、ジャーナリスト。 《ゴンゾジャーナリスム》に長年勤務したのち、 2013年に出版した初の著書《Parce que tu me plais》 (Nil出版)が好評を得る。ウェブサイトJooks.frのクリエ イター/ライターとしても活躍し、ユーモアに溢れた批評文 を寄稿している。第二作目《Dans la tête des mecs》 (Allary出版)は、ポストモダンの男性像を描写した 先駆的なエッセイとして評価されている。
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